世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

No.337 :サンクトペテルブルク(ロシア)にて


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こんにちは。先週に引き続き水曜日は人との出会いを含めた旅コラムを書いていこうと思います。今回はロシアのサンクトペテルブルクについてです。ロシアの旅行には大分慣れてきて、ロシア語も普通の音として捉えるようになった頃、僕はモスクワからこのサンクトペテルブルクへ到着することになった。

 

旅を続けていると町の感覚が何となく分かるもの。例えばどこらへんにホステルが並んでいるかとか、空港と街の距離間とか、中心地は地理的にどこらへんに集中しているかなど。日本でも地方都市は中心駅から2km程離れた所が一番の繁華街になっていたりする感じがわかるのと似ている。

 

しかし、サンクトペテルブルクは古都で、どちらかというと現代のソ連っぽい影響を受けていない町に感じて、ヨーロッパの町に入ったなという感じがした。ソ連っぽい町というのはやたら広い道路や中央広場があったりするものです。

 

宿へ行くため世界で恐らく二番目に深い所にある地下鉄駅Admiralteyskayaに降りる。エスカレーターの長さは旧ソ連っぽい。降りてみると僕は駅を間違えていて、一つ隣の駅が宿の最寄り駅だったよう。雨も降りだしてきた。旅では全く雨に打たれなかったのに運が悪い。

 

また、都心にしては駅と駅の間の距離が長かった。雨も強くなってきて、重いバックパックを背負って歩きながらモスクワで画面を割ってしまったiPhoneを片手に見て、またハバロフスクで買ったクオリティの低いイヤホンで音楽を聴く・・と色々と煩悩が出てくる。なぜ、こんなしんどいことをやっているのだ・・と。

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悩みが出てくる時は、目の前の街の風景を目に焼き付け、自分は今サンクトペテルブルクにいるんだ・・!という感じで今に集中することにしている。そんなこんなで宿に到着する。ビザが面倒なロシアは、僕みたいなソ連圏以外の国の人で国をまたいだ旅行をする個人旅行者は殆どいないことに気づく。ちなみにロシアの旅では全国で友人・知人に親切にしてもらっていたが、ウラジオストクで1日だけホステルに泊まったことがあり、そこも殆どがロシア人だったのを思い出した。

 

宿のWiFiを使ってラインを確認すると、モスクワの友人がサンクトペテルブルクに着いた?とメッセージをくれていた。こういうのは、嬉しかったりする。ついでに次に行くフィンランドの友達にも連絡した。そんな感じで共有スペースで充電しながらグダグダしていると、多くの人が戻ってくる。ロシア語が聞こえてくるが、人の仕草はアジア人やロシア人というよりもヨーロッパ的な感じがしたな。

 

8人部屋に戻ると、隣の2段ベッドで寝ている女性が手を振ってくる。まだ学生のようでノリが良い。すると、もう一人の若そうな男の子が話しかけてくる。英語を話したいようで、いかにも外国に興味がある感じの少年だった。ロシアのお菓子をくれた。

 

彼は僕と同じようにモスクワからサンクトペテルブルクに来て、大学に入学する前の休みを利用して来ているようだ。一人で旅行するのは初めてで不安なため色々と調べているようで、自分の昔を思い出すようで微笑ましかった。彼は僕が外国人であるために興味深々だったのか、次の日も話しかけてきて、自分が観光する場所にもついてきた。

 

彼は少し天然で路面電車が走っているのに平気で道を渡ろうとしていて、運転手のオバちゃんにすごい勢いで怒られていた(笑)かく言う僕も、考え事をしていたら日本と同じ左側通行の感覚で道を歩いていて路面電車が後ろから来ていることに気づかず、電話で話している通行人が、おい後ろから来てるぞ!とジェスチャーで教えてくれて気づくことがあった。お互い天然である。

 

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そんな彼とサンクトペテルブルクを少し周る。聖イサク寺院から撮影。

 

半日一緒に観光していたが、彼は午後モスクワに帰らないといけなくて、血の上の救世主教会で別れを告げる。彼は今は無事にモスクワに帰って大学に行っているようだ。

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この日の夜は彼のロシア語通訳を通じて話していたベラルーシ人のおじさんによく話しかけられた。やはりロシアのホステルだけに旧ソ連圏の人は多かったな。自分もベラルーシに行くと話す。

 

また別の日、サンクトぺテルブルクに住んでいるロシア人と知り合い、町を案内してもらうことになった。彼はイタリア人の女性を案内してから、外国人に町を案内することが楽しく感じているようだった。彼の彼女は隣のエストニアにいて今は時間がフリーだとのこと。男同士、気兼ねなく色々と話す。

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僕は後にリトアニアからベラルーシに行こうと思っていたので、そのルートで旅行したことのある彼にその旅話を聞く。またポーランドリトアニアの間にあるロシアの飛び地であるカリーニングラードについても聞いた。すると、あそこは何もないよ…とのこと。

 

元々世界大戦でソ連軍がナチス軍に攻める際に占領した地域か何かだった記憶があるので、歴史的建築物は破壊されてしまったからだろうか。instagramでロシア人の女の子がカリーニングラードに来てとメッセージをくれたり、僕はロシアへ二回入国できる観光ビザを持っていたが、行かないことにした。

 

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また別の日は1日使ってエルミタージュ美術館を周る。日本もこれくらい大きな美術館があると観光資源になるのにな~と考えたりもした。雰囲気も最高に良い。

 

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最後に郊外にあるペテルゴフというロシア帝国ピョートル大帝の宮殿にバスで行くことができるので、ここにも行かなきゃ損と思い行った。サンクトぺテルブルクは元々ロシア帝国の英雄であるこのピョートル大帝の名前から来ていて、今は街をドイツ語風の名前にしている。ソ連時代はレーニングラードと呼ばれていた。

 

こうしてEU圏のフィンランドに向かうのだが、電車ではなくバスで行き、隣のロシア人のおじさんがマシンガントークで僕に話しかけてきて眠れなかった。しかもバスの中丸聞こえでフィンランド人とスウェーデン人の仲の悪さを偏見を交えて話してくるから、俺はそう思わないよと常に否定し、またそれを敢えて強調したりした。笑

 

次行くフィンランドは自身2度目の訪問だからね。また来るとはな…と言う、この感じもまた旅らしいと感じるのだった。あのフィンランドの空気感、良いね。もちろん、サンクトペテルブルクも良い街でした。

 

RYOJI

 

サンクトペテルブルク 第2版 完全日本語版

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