世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

死生観


Companions in life / Compañeros en la vida

Víctor Nuño

 

 

東北で起きたいじめが起因で自殺した生徒が日誌に「死にたい」と、自殺を暗に意味していた記載があったと言うニュースが最近話題になっていました。僕も友人を自殺で亡くしているのですが、その友人も酔っぱらっていた時に「死にたい」と言っていたのは今でも覚えています。本当に辛いことでした。

 

「死にたい」は日本人が悩みを抱えた時に言う何気ない言葉だったりもするので、僕自身も流してしまいましたが、あの時普通に流さなければ良かったか・・と自殺の事件を見るたびにフッと思い出してしまう辛さがあります。しかし、流さなかった所で助けられたかもわからないし、長く生きることがその人の本当の人生かどうかもわからない難しさもあります。ということで今日は死生観について書いていきます。

  

元々、僕は「」についてよく考える方なので身近な人の死はショックが大きいことです。最初に明確に認識したのは、幼稚園の園長が亡くなった時でしょうか。それから小学校の頃に通っていた塾の先生が急に亡くなったり、祖母が亡くなったりと幼い時から何かと直面しています。幼稚園の園長が亡くなる前から、何となく自分が死ぬことや、やがて太陽が燃え尽きることなどは考えてはいましたけど。

 

小学校高学年の頃は、急に自分は死ぬのではないか?と胸が苦しくて発作に見舞われたり、昔は戦場に行く夢を見ることも多くありました。相手側の兵士が放った銃弾があたり、ここまでか・・っと苦しみながら自分の人生を回想して夢から覚めるという具合です。そうすると、自分は生きていたのか!と生きた心地がする。それもあってか、今でもたまたま疲れて知らぬ間に仮眠をして起きた時は、僕にとって「俺は生きている!」と思える感覚そのものだったりもします。

 

そして、この世から「無くなる」という感覚はどういうものなのか・・と暇があれば考えたりもしていました。例えば、自分が死んだ後に、この世界って存在し続けるのか?など。これは人間が考える大きなテーマの一つで、これがなかったら宇宙への関心もなかったかと思いますが。

 

若くして亡くなった人も、そうでない人もどちらにしても、僕たちはこの世から消える日が来るのは一緒なので、そこには生きた時間に価値の差はないとは思います。所詮、僕たちは「」しか生きられなく、今まで生きたことは脳でしか記憶していませんので。しかし、逆に今を集中して生きている時ほど、とても人生を満喫している時だとも思います。

 

僕もそんな時間を忘れて集中して「今」を生きている時は、生きた心地がします。逆説的に今なら死んでも良いかもしれないとも言えるくらい満足感を何度か感じたこともありました。これを多く経験していこうとするだけでも、人生って良いもんだなと個人的には思います。永遠に生きたい訳でもない、「今」というこの特別な感覚は素晴らしい。

 

具体的に言うと自分が知らない世界がまだまだ沢山あるということ。また出会っていない人がまだまだ沢山あるという所です。しかも、それには終わりがない。それを、もういいや、もう無理だと諦めてしまうのは非常に勿体ないので諦めがつかなかったり、周りの価値観(常識)に影響されて諦めたい自分もいる。人生とは難しいものです。

 

なんにせよ身の周りの人の「死」だけは、とても辛いことです。そして実際に周りの人が非常に悲しみます。そのため、僕たちは周りの人達のためにも生きていかないといけない存在なのかもしれません。しかし、人間は考える力を持ってしまったばっかりに本能的な欲望でさえ方向性を変えてしまうこともあるので、考え過ぎも良くないですね。

 

人間なんて、金稼ぎたい、認められたい、綺麗な女の子と一緒にいたい(男の場合)、寝たい、美味しいもん食べたい、死にたくないだけだと思うのですが人は暇があると考え過ぎます。国が発展して社会インフラが整うと、こうした「シンプルな欲」を忘れて高尚なことをグチグチ考え始めます。有名なギリシャの哲学者も奴隷を雇っていたから、あそこまで考える暇があったんでしょう。スピノザとかも…

 

そのため、僕もマイナスなことが隙あらば浮かんできますが、基本的に「楽しいこと」しか考えないようにしています。人生に絶対に飽きてはいけないと思っていますので。ゴールである死は考えつつも、将来を変に考え過ぎるというのも今を生きられないので、バランスが必要ですね。最近は無理やり「常に右肩上がりの人生」と決めつけようとしていますが。笑

 

平日はあれこれ考えず「今」を生きて、週末にお酒でも飲んで、そういえばあんな良いことあったな・・ウヒヒってなるような人生って最高ですよね。正当化するのではなくて、本当に良かったと思える体験をいかにするか。 そんな感じで生きてます。

 

東南アジア及びミャンマーを旅している時に、ビートたけし氏の「たけしの死ぬための生き方」という本を読んで、自分も同じようなことを考えていたな~と考えていたことを今思い出しました。彼の死生観はとても共感するものが多かったですね。

 

ということで、ジムより更新しました。我思う故にジムなり。良い連休を!!

 

たけしの死ぬための生き方 (新潮文庫)

たけしの死ぬための生き方 (新潮文庫)

 

 

RYOJI

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