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世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

No.375:踊る阿保に見る阿保


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こんにちは。久しぶりにブログになってしまいました。毎週水曜日の旅行記、毎週日曜日の週刊国際ニュースを一年間ずっと書いていた訳ですが、かなりの忙しさに全く書く暇がありませんでした。富士山登ったりして遊んでいたのもあるんですが。。なるべく自分が取り組んでいることは全て大切にしたいのですが、人生は取捨選択なんだとつくづく考えさせられます。

 

さて、今週の水曜日ですが、旅行というより徳島に行き、阿波踊りに参加して2日間踊ってきました。月1で練習していたのもあって、一番前で躍らせてもらえてとても楽しかったし興奮しました。楽しすぎましたね。また、遠い所から友達が応援しに来てくれて嬉しかったりと幸せな空間でした。

 

阿波踊りの掛け声では「踊る阿呆に見る阿保、同じ阿保なら踊らにゃ損損」というフレーズがあることは阿波踊りに縁がない方でもご存知かと思います。改めて振り返って「確かになぁ」と阿波踊りで燃焼した僕は淡路島でボーっとしながら、そんなことを考えておりました。

 

「踊る阿保も、それを見ている阿保も、同じ阿保なんだから踊った方が楽しいよ」っていうことだと思うのですが、例えば楽しそうな人を片目に「あんなのどこが楽しいの?」とか考えながら覚めて見ている人が一定数いますが、もし比べられるなら、楽しんでいる当事者の人生の方が豊かなのは明確です。

 

僕も人の仕事を見て「この仕事に社会的は意義はあるのか?」とか余計なことを冷めて考えることが昔にありましたが、その仕事をしている人は阿保なことをやっているかもしれませんが使命感を持って取り組んでいるかもしれません。周りがどう思おうが、その事実だけが人生には大切だと思いますね。逆に人のことを気にするなら自分もやってみれば?というのが「阿保なら踊らにゃ損損」と近い意味なのでしょう。

 

僕ら男はプライドが高い生き物と言われています。だから助けを求められず傷ついて自殺する人が多いのかもしれません。しかし、逆に余計なプライドを捨てると人生は楽しくなっていくだろうとも思います。これはとても難しいことですが、年を取るにつれて大切なことのように思います。楽しそうだったから阿保に見られてもやる。このノリが大事。

 

踊る阿保を冷めて見ているのも結局は阿保、冷めてみているということは逆に少しは興味があるんでしょうし、一緒に踊ろうやという感じで、余計なプライドを捨てて今気になっている様々なことに全力で取り組んでいきたい今日この頃でした。

 

RYOJI