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世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

No.356:マチュピチュ(ペルー)にて

ペルー

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こんにちは。前回に引き続き毎週水曜日は人との出会いを含めた旅コラムを書いていこうと思います。今週はクスコの続きということで、ペルーはマチュピチュについて書いていきます。

 

マチュピチュというのは多くの人が知っている世界遺産だ。歴史としてはインカ帝国に遡る。そのインカ帝国の首都であったクスコの街から電車で向かうのが昨今のルートのようだ。僕は歴史に関しては成績が良く、出版社で教材も作ったりもしていた。そして家庭教師をする機会もあった。そんな家庭教師でインカ帝国について高校生に教えていたことがあった。

 

学生時代に人よりも勉強していたのもあってマチュピチュの写真は人一倍見ていた。しかし、「あれ俺、偉そうに人に教えてるのは良いけど行ったことないよな・・」とフッと感じ、直前に旅程の視野に入れた。勉強なんてほとんど意味がなく一次情報(実際に目で見る情報)が一番大切だ・・。 

 

ペルーのプーノから旅行代理店のおじさんのネットワークを利用し、クスコで別の旅行代理店の人間と待ち合わせて、その人の家に泊まりつつ、マチュピチュ行きの電車を予約してもらっていた。念を押して左側の窓際と言ったのに実際は右側になっていて景色がつまらない方向になってしまった。

 

マチュピチュ行くためにはクスコとマチュピチュの間の駅までバスで行き、そこから最寄りのアグアスカリエンテス駅行きの電車に乗るという形だった。ちなみに標高はクスコよりも下がっていく。マチュピチュは何となく高いところにあるイメージだったのでクスコの方が高かったんだと驚く。

 

車両はインカレイルという会社のものに乗った記憶があるが、予約したのもあってランクが高い車両になった。価格的にバックパッカーという一番下の席を予約すれば良かったかなと少し後悔する。

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そんな形でマチュピチュ行きの電車に乗り込む。駅には日本語表記のある売店もあったりと日本人が多く利用しているのも伺える。今ではもっと観光地化しているかもしれない。電車に乗ると高齢者のグループの中に一つポツンと席が空いている。それが自分の席だった。

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とても気まずいが、こんにちは!と明るく挨拶する。彼らはアメリカ合衆国から来た人たちだった。あそこはパスポートを持っている人も少ない国だし、特に昔のアメリカってあまり外国に行かない人が多いというイメージがあったが、彼らと話していると外国にとても興味があるようだった。僕もこの後にアメリカに行く話もした。

 

向かい側のおばあちゃんがツアーに含まれているランチの弁当を食べて食べて!と僕に分けてくれた。女性のごはんを与えてくれる優しさは男性より強いものを持っていると思う。この車両にも飲み物やお菓子のサービスはあるのだが、彼女の思いやりはとてもうれしいからいただいた。若いのに旅をしていて、すごいね~と言う。今のトランプ氏みたいなアメリカで暴れまわっていた80年代的な日本人のイメージと重ね合わせていたのだろうか。

 

旅行者は日本人のイメージを結構作っているものだ(笑)イスラエルでも、日本人はどんな危険な国でも旅をする人たちというイメージを持っている人と出会ったり。(実際はイスラエルに行く人はイスラエルと敵対する中東の国に行く人が多いだけだけど)

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そんな会話をしながらアグアスカリエンテスに着いた。ここはマチュピチュ村の最寄り駅で、観光地になっているためホステルやレストランなども結構あった。

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マチュピチュの遺跡までは登っても行けるが、僕はバスで登ることにした。すると先ほどのアメリカ人の高齢者グループがすでに乗っていた。すると、何人かが「サムライが来た~!」と盛り上げてくれる。そして僕は刀を持った真似をし、侍のフリをする。実際にはサムライでも何でもないのに。

 

思えば、こういうノリは世界中でしたなと思い出す・・中東でもTOYOTA!と言われ、トヨタと関係のある仕事をしたことなどないのに、日本人が誇る車だ!と言ったり(笑)そんなことをしているとバスが山の上へと進む。結構、運転が難しそうな道だった。

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おぉ~この景色、マチュピチュみたいだな!とマチュピチュに近づいていることを実感する。そして降りて遺跡のエントランスに入る。

 

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おぉ~~!マチュピチュだ!!(この感動は今でも思い出します)

 

雨季だったので天候に恵まれないかなと思っていたが、幸運なことに日が差していた。しばらく、ここに立ち止まり遺跡を眺めていた。いろんな長い旅程を踏んだ上で見たので、余計に感動した。

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遺跡を細かく見ていく。インカ文明では、文字ではなく結縄で意思疎通をしていたらしいが、それでいて精巧な石造建築。また、太陽信仰があったことも伺える。


新大陸を発見したスペインが幅を利かせていた16世紀にピサロによってインカ帝国は滅ぼされます。20世紀初頭にアメリカの考古学者によって、マチュピチュは発見されたらしいが、そんな最近だったのかとも驚く。

 

歩いていると途中から雨が降り出したが、持っていた傘を差しながらゆっくりと観るのであった。 (ワイナピチュというマチュピチュ遺跡の写真の裏側にある山からも見下ろすこともできたりします。)

 

つづく

 

RYOJI 

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