世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

No.312:2015年も僅か


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こんばんは。今日で仕事も納め(?)今から当方ドバイに行くため空港に向かっております。2015年も残り僅かということで、全て個人的な内容で恐縮ですが、2015年を振り返ってみます。過去を振り返ることは生産的ではないですが、取りあえず行動力があまりなく不満の多かった1年のように思います。

 

不満は結局は自分自身に帰結する問題のため、自分を見つめ直すことでかなり精神的な修行ができた1年であったかなとも思います。このブログも300以上の記事を書いていますが、そういったメンタル系の記事も結構書いてきた気がします。

 

「人のせいにできない環境」に身を置くということは、かなり精神的な力になります。人間は嫌な事があると人のせいにしたがるので、それができないと嫌でも自分自身と向き合うハメになります。人は自分自身を誤魔化すのは難しいです。こう試行錯誤していく内に、自分の思考回路が意外とよくわかってくるものなんですよね。

 

同時に外圧なしに自分から少しずつ「自分がこう悩んだ時はこうしよう」と思うクセがついてきて、それは良いクセになりそうです。人間は思考停止して人から言われたことをやるというだけの脳になりがちですから。

 

もちろん、お酒を飲んでいる時や遊んでいる時などは、フワ~っとなって特に何も考えてないですが、基本的には四六時中自分と向き合い、どうやって思考停止しないかを考えていたように思います。こうした自分の思考や感情に正直に向き合うことは良いことだったと思います。

 

そこで、少し哲学的ですが、僕は「名詞・名称」によって思考が限定されることはよくあるなぁと思っています。自分自身で知りたい・見たい・体験したいと思う物ほど、こういった言葉だけで左右されてはいけず、皮膚感覚で得ていかなければいけないという感じです。

 

例えば「ドローンは危険だ」という言葉を聞いた場合、それはドローンのどの要因を指しているの?ということになりますね。安易に「名称」を使うと、自分の知らない分野ほど思考停止になりやすいです。

 

この「名称」は時系列の捉え方でも言えます。この記事で1年を振り返っていて矛盾しますが、僕は「過去」「未来」という物はそもそもないと思って生きています。これほど抽象的な「名称」はないとも思っています。いや、そう思いたいという感じです。

 

実際には人間は「今」しか生きられないとわかっているのですが、僕は「過去」はなぜか気になる時があるのです。未来に対する不安は全くないのですが、過去を悔やむことはあります。人間はうまくいった過去も含めて過去を捉えますが、これはいずれにせよ現状に満足していない証だとも言えます。究極的に言うと暇なのでしょう。

 

そのため、どうやって「今」に集中するかが人生の目標でもあると思っています。過去に良いことがあっても「俺はこんなことできたんだな!」っていう所で自惚れして思考を止めず、次へ、次へと進む思考になるべくしようと。死ぬまで新しいことを考えて生きていく覚悟は本当に大事ですね。

 

また、こうして何かを得るためには、何かを捨てることが重要になってくるという気付きもありました。この思考は今後も強く持って過ごそうと思います。特に、時間の使い方と脳の使い方は、増やすことの努力をするよりも、最適化することの方が大事になってくると思うからです。

 

個人的な時間の無駄使いと言うと、寝るまでの時間に時間がかかること、また睡眠不足によって翌日の作業効率まで悪くなってしまうことを指します。大学生の頃は、逆に「敢えて時間を無駄に使うこと」を考えていましたが、本当にそんな過去の自分に会ったら、人生の無駄使いをするなと言いたいですね(笑)

 

この睡眠に関しては睡眠導入剤を活用するのも大事かもしれませんが、それよりもいかに1日をフルで生きるか、また前もって準備をして睡眠を阻害する要因を排除していくことも大事かなと。睡眠時間を削って活動する時間を増やすという、その場限りで安易な方法は結果的に時間を無駄に使います。

 

次に脳の使い方ですが、端的に嫌なことは忘れるということです。人間は同じような悩みがグルグルと回ります。例えばコンプレックスがあることは延々と悩まされます。それは自我が強くなる時、そして時間に無駄な余裕が生まれる時に起こると思っています。しかし「自分」というのは、「自分が自分であると思い込んでいるだけ」と科学的にも証明できていることであり、案外そんなことはないので悩みの最適化は可能だと信じています。

 

時間の使い方とも重なりますが、無理矢理ポジティブにするのではなく、悩める環境をなるべく減らしていくという思考です。Aという嫌なことが頭に浮かんだと思ったら、Bのことを行うみたいな習慣付けです。Aという嫌なことは考えなくても良いことなんですから。

 

特に人間関係の悩みは自分ではどうしようもできない面があるので、なるべくストレスを減らす方向に考えていきたいですね。つまり、最悪の場合、交流を断ち切ることも大事なのかもしれません。僕は中々勇気がなくてできませんが・・。

 

こうやって思考を管理していくと人間がロボットみたいで嫌ではありますが、結果的になるべく悩みは減らしていった方が人生は豊かなになるなと僕は気付きましたので、最適化をしていきます(笑) そして、最終的に行動ですね。考えることなら誰でもできるので。良いお年をお迎えください。ドバイに今から行ってきます!

 

RYOJI

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