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世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

No.292:ハラホリン(モンゴル)にて


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こんにちは。先週に引き続き、水曜日は人との出会いを含めた旅コラムを書いていこうと思います。今日はハラホリンカラコルム)というモンゴルの街についてです。ここは昔、モンゴル帝国の首都があったことでも有名です。

 

僕は首都ウランバートルからバスで7時間程かけて向かった。乗客のオジサンがウォッカを皆に振る舞い始め、僕も飲まされて宴会状態になっていた。そのオジサンがなんだか朝青竜に見えてきた。朝青竜(ドルジ氏)はこれから向かうハラホリンでドリームランドという旅行施設を経営していた記憶があったからだ。

 

このバスはハラホリン行きではなかったため他の乗客に「ここがハラホリンだぞ!」と教えてもらい、何とか降りる。しかし、降ろされた所は草原でどこが町の中心かもわからない。焦った僕は、急いでバスの運転手にお願いして宿のオーナーに電話してもらった。この宿のオーナーは、ひょんなことからつながりがあったのだ。

 

前職の会社の同期がモンゴルに旅行をしたことがあり、その同期から彼の友達である青年海外協力隊の方を紹介してもらい、ウランバートル近郊で夏に会う約束をしていた。旅程の変更等で夏にモンゴルに入ることができず、彼は任務を終えて日本へ。しかし、僕はモンゴルへの夢は諦めきれず、欧州の旅の帰り道として10月にトルコ及びキルギスから入ることになった。

 

そこで、青年海外協力隊の彼は親切で、他に青年海外協力隊で働いている方を僕に紹介してくれていた。その人がこのハラホリンに住んでおり、エルデニ・ゾーという寺院で夏期限定で日本語を含めたガイドなどをしているようだった。彼女のガイドを聞くことはできないが、会うことになった。

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(エルデニ・ゾー寺院)

 

その人は顔が広く、僕がウランバートルのホステルのスタッフに教えてもらったGaya's Guest Houseに泊まることを告げると、ゲストハウスオーナーのGayaさんとは友人のような付き合いをしていることがわかった。(このゲストハウスは1泊1000円前後だったと思うので、お薦めです)

 

gayas-guesthouse.strikingly.com

 

そこで、突然降ろされた場所からバスの運転手に電話してもらい、このGayaさんに車で迎えに来てもらったのだった。無事に町の中心部に行くことができて一安心。そして、そこでこの青年海外協力隊の方とバスターミナルで会うのだった。同期の友人の友人という遠いつながりだが、日本人と会うのは何か仲間意識が働くものだなぁ。

 

このGayaさんも青年海外協力隊の人も親切な人だった。Gayaさんは遠く離れた友人のゲル近くで乗馬ツアーも企画している。そのGayaさんの友人も青年海外協力隊の人にとっての友人でもあったので、翌日に皆で一緒に乗馬をしに行くことになった。

 

ちなみに青年海外協力隊の人は現地語(ここではモンゴル語)を話すことができる。日本(確か福島の施設)でしっかりと語学研修をするよう様子。なので、より地元の人と深いコミュニケーションが取れて少し羨ましくも感じた。

 

歴史に詳しくて話が弾む。ロシアの原型は元々モンゴルに支配されていた(タタールのくびきと言う)ので、それがロシア帝国ソ連の支配地域に影響しているのではないかという持論が僕にはあるのだが、そういうマニアックな話も乗ってくれた。そして、彼女は馬に乗るのも上手だった。

 

美しい景色に圧倒されながら、彼らの友人のゲルに到着。家族と挨拶をした。馬乳酒などをいただく。ゲルには長男・次男と猫がいて、長男が僕達の乗馬を案内してくれた。モンゴルの馬は足がどっしりしているんだな・・。これで、かつてモンゴル帝国はここからウクライナポーランドまで攻めてヨーロッパを震撼させた訳か・・。

 

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僕たちは馬に乗ってモンゴルの大草原を駆ける。青年海外協力隊の方の乗馬姿は、とても様になっていて、よりモンゴルにいることを実感させた。

 

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途中、多くの家畜を率いる人を見た。羊などは資産価値として高値らしい。寒波が起きると死にやすいため天候にはかなり敏感なようだ。家畜を失うと、職を求めて都会のウランバートルへ出稼ぎすることになり、路上生活など苦しい生活を強いられる人も多い。モンゴルは殆どの人口がウランバートルに集中している。

 

そんな話をしながら少し休憩するためにゲルへ戻ると、この日は馬に焼き印を押す儀式が行れる日で、家族で焼き印を押す準備をしている。焼き印は誰の所有物かというのを知るためにも重要なのだろう・・。

 

直接馬の体に焼き印を押すため、警戒して馬は暴れます。そこで、男2人で馬をおさえます。鳴く馬もいれば、じっとしている馬もいた。

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(決して虐待をしている訳ではありません。が、痛々しい。)

 

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この後に再度、馬に乗って色々と周ります。

 

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壮大な景色でした。これらの写真を友達に見せると「また砂漠に行っているのか?」と言われましたが、夏は緑でそれこそモンゴルらしい風景になっていることと思います。

 

そして、乗馬で疲れたためゲルで仮眠をし、Gayaさんに迎えに来てもらいカラコルムの町に戻るのだった。しかし、10月中旬でもモンゴルはすでにマイナス気温のため寒い。同じゲルにはフランス人のオジさんが英語ガイドのモンゴル人と共に泊まりに来ていたので挨拶をした。

 

フランス人のオジさんは教育をまともに受けられないモンゴル人の子どもを支援しているようだった。養子を貰うためにモンゴルに来る人もいるのではないかと思う。彼はこの後にゴビ砂漠へラクダに乗りながら行くみたいで、初めてラクダに乗り降りする時は腰を痛めやすいから気を付けるようアドバイスした。

 

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こんな会話をした僕たちは、モンゴル帝国の英雄からの視線を感じながら眠るのだった。

 

RYOJI

 

草原と都市: 変わりゆくモンゴル

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