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世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

お金だけに縛られないために


Panama Business and Investment

thinkpanama

 

お金に縛られないというのは僕の目標の一つと言っても良いです。お金とは色々な通貨がありますが、日本人の場合は殆どが日本円を利用しています。この日本円は2012年頃から円安傾向で、ロシアのルーブルと似て日本人にとっては相対的に価値が下がっていました。

 

自国の通貨の価値が下がるのは、法人や投資家を除いて日本で暮らす多くの人にとっては基本的に良くないことと僕は思っています。また外貨や仮想通貨で預金をしていなかったり、自分に対する投資などに使わず銀行にただ預金していることは下がった価値を温存しているようなものかとも考えます。

 

多くの日本人がそれでも銀行預金をしている理由としては、日本円を信用している所にあると思っています。現に僕もほんの僅かな投資と外貨預金しかしていません。自国の通貨安によって外貨預金をしようと思う人の割合は、日本人は極めて低いと思います。

 

この日本円を信用しているということは、実質20円程の紙を1万円の価値があると思っていることですが、それは日本が成熟された国であるとも言えます。つまり多くの日本人が日本銀行日本政府を信用しているということです。

 

日本円という世界的に通貨に対する信用がある国にいると、自分の生い立ちを振り返ってもそう思うのですが、お金は信用によって生まれるという部分が理解ができずに大人になってしまいがちだと思います。お金の仕組みや歴史については下記に以前書いたので、時間があればご覧ください。

 

ryoji-japan.hateblo.jp

 

よく日本では「お金よりも大切なものがある」と美談で言われることがありますが、それもお金は目的の基準として捉えてしまう人が多い社会だからで、また通貨が安定しているために、資産家に寄付する人が少なかったり、お金に縛られてしまっている人が多い所の反省かもしれません。

 

元々お金は信用を裏付けるツールとして発達したので、社会的に信用力がある人は他の人よりもお金をすぐに借りることができます。僕が人から100万円を借りることはかなり難しいですが、大きな会社の社長は簡単に借りられるかもしれません。このように人に対する信用によって動くお金は簡単に変わってしまいます。企業の時価総額も同じです。

 

逆に信用があまりないと、既存市場のお金の価値観に合わせることでしか社会的な営みをせざるをえないため、結果としてお金に縛られてしまうということがあるように思います。そして、本来お金は使うために生まれたツールにも関わらず投資よりも貯金の割合が大きくなってしまう。それは自分に自信がなく、未来に対して不安を抱いているものの、日本政府はさすがに破綻しないだろうと信用しているのが理由だと思います。

 

そして、日本企業の内部留保の多さなども指摘されていたりしますが、他の国に比べて一般の日本人が貯金する傾向が圧倒的に強いのには、僕たちが歩んだ歴史も少し関係していると思います。例えば、日本国債の格付けが低かった明治時代は国民に銀行預金を促し富国強兵を進め、戦後は終戦によるインフレを抑えるため市場に紙幣が出回らないように国民に金利を支払うことで銀行預金を促してきました。

 

戦後間もない頃の預金は半ば強制的に行われていた気もしますが、そのためか「お金は貯金するもの」という文化になり、実際に日本人の個人預金残高の平均は世界的にもかなり高いのが現状です。主に年配層に多いので、彼らは若年層によるオレオレ詐欺などの詐欺に狙われやすくなっています。

 

高度経済成長期の銀行預金は利にかなっていますが、今はゼロ金利であるため、近々使う予定のお金があってタンス預金するには額が大きすぎてリスクがあるというのを除いて、銀行に全財産を貯金する理由はないようにも思います。極論で言うと、他の資産は上がることはありますが、銀行預金はその可能性はまずないからです。

 

また、お金がない時ほど不安になるので、その時にお金という価値観に縛られてしまいますが、最近僕はそんな中でもいかにして社会的な物に投資や支出ができるかがカギだと考えています。縛られ過ぎると全てにおいてケチくさくなりリスクを回避したがるため結果何も得られません。

 

そこで、株への投資話をすると「株で大儲けしよう」とか「損したらどうしよう」などと二元論で語られますが、稼ぐとか損するとかという次元で考え過ぎてしまうと結局お金という名の銀行預金残高に縛られることになるので(笑)、社会を発展させるためにとか、夢を実現するためにとか、株を純粋に楽しもうとか、数字が上がるのが娯楽だから等々、余裕をもったマインドが重要だと思います。

 

企業には「無形固定資産(ブランド力などお金を生み出す源泉となる無形の資産)」という考え方があるように、お金という資産は全く持っていなくても、個人にも無形固定資産なるものは持っているような気がします。それは信頼される人だったり、余裕のある人などの人間性です。

 

つまりお金がない時ほどお金という数値に縛られず、いかに社会やお客さんに対して価値を与えられる人間でいられるかが鍵で、そういった人間関係から出資という形で助けてくれる人がいるかもしれないし、お金という形ではなくとも精神的に支えてくれる存在と出会うかもしれません。

 

要するに、ただ稼ぎたいという理由だけでは信用を得にくいので、そもそも稼いで何がしたいのか?というゴールが本当に重要だなとつくづく思うのでした。いくら貧しくなっても、お金に惑わされてお金だけの価値に合わせたり、自分の年収額を見て納得する人生ではなく、市場に価値を与える側の人生でありたいですね。

 

僕の場合は、お金を増やすにしても社会的生活を送るにしても、必要なのはお金を稼ぐことよりも先に、誠実なことだったり、納期を守ることだったり、成功した実績だったり、そういった一見簡単そうで難しいものを構築することが先なのかもしれません。そこが僕は本当に劣っているので。

 

自分もエゴになる時や卑しいことを考える瞬間はあるでしょうし、性格が悪いな~と思う部分もあります。そして信用という無形資産は人と人の関係で築かれるもので解答がないので、理想を持つ人生は本当に難しいと感じるのでした。こうやってブログを書いていることも、いずれ将来の役に立つ(投資になる)ことを願っています。

 

RYOJI