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世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

桜の木の下で

雑感 歴史

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先週の土曜日の夜はラトビアで知り合ったイタリアの旅人がたまたま東京に来ていたので、彼の友人も含めて飲みました。男だけというのもあって飲み過ぎてしまいました。国民性などは古くさいのであまり気にしたくはないですが、イタリアの友人はなぜかとてもフィーリングが合いますね。

 

彼らが「日本人女性は美しい!」と言っていたので、「ラトビアで会った時はブロンドの女性は美しい!って言ってたよね?」と指摘すると爆笑していました。男というのはあれこれ興味はあっても「女性」自体が好きですね(笑)

 

そして、日曜日は友人と日本でを見ることができました。フィリピンにいて寒い冬を経験していないため、春のありがたみはあまり感じませんが、年々春を感じるのが好きになってきました。学生の頃は花見なんて全くしなかったのにも関わらずです。そんな今日は桜や句について語ります。

 

桜は美しく日本人にとってずっと好まれてきたと思います。最近知ったのですが、桜の代名詞でもあるソメイヨシノは交配種であり、全て接ぎ木で殖やしたクローンのようですね。駒込近くの職人によって江戸時代末期に植えられたのが起源だそうです。

 

同一の遺伝子を持つために、ソメイヨシノは同じ時期に一斉に開花をします。ソメイヨシノ第二次世界大戦後も多く植えられ、僕たちの桜の代名詞と言っても過言ではないと思います。

 

高校生の頃に古文を勉強していた時、よく日本の俳人は桜を哲学的にも捉えていたことを知りました。満開時に散ることを考える・・そんな日本人的な哲学も知ることができ、そういった考えに自分も影響されているんだなと思ったものです。要するに散り際の美学と言った所です。

 

・明日ありと思う心のあだ桜

桜が明日も咲いていると思っていても、強い風が吹いて散っているかもしれないという親鸞の言葉です。諸行無常を感じさせてくれます。

 

・三日見ぬ間の桜

三日見ないうちに散る桜の花のように、世の中の変化が激しいと歌った江戸時代の俳人大島蓼太(りょうた)の言葉です。今の時代にもピッタリの言葉です。

 

僕も桜を見て、どんな感じで人生を終えることになるのだろうかっと、人生の散り際を考えたりもしました。

 

次に、前回の記事でたまたま教育と関連して吉田松陰について言及しましたが、ソメイヨシノが日本で広がり始めたのもあの明治の混乱期。そんな時代を生きた彼の句を桜の木の下で初めて読んでいました。中々風流でしたね。彼の句で好きなものを紹介します。

 

立志尚特異 俗流與議難 不思身後業 且偸目前安 百年一瞬耳 君子勿素餐

 

(志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない、世俗の意見に惑わされてはいけない、死んだ後の業苦を思い煩うな、目先の安楽は一時しのぎと知るべき、百年の時は一瞬にすぎないので、いたずらに時を過ごすことなかれ)

 

自分は最後の「いたずらに時を過ごしていること」にいつも悔やんでいます(笑)その時にいつも、僕はいつか自分は死ぬという事実を忘れていることに気づきますが、彼の場合はもう死の宿命を割り切っていた所が本当に尊敬します。男が惚れる男!


吉田松陰はアメリカの先進技術を知りたいと罪を覚悟で黒船に乗り込みペリーを驚かせるが、捕まり牢獄へ。仮釈放後の謹慎中に松下村塾を開き、伊藤博文などの政治家を育てる人物です。また彼は幕府が日米修好通商条約を結んだことを非難し、老中・間部詮勝の暗殺を企てたため再び投獄することに。安政の大獄によって、恐れることもなく老中暗殺計画を自供したため29歳の頃処刑されます。

参考:幕末・吉田松陰.com(幕末の私塾・松下村塾について)

 

処刑前日に書いた辞世の句:身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

(自分の身はたとえこの武蔵の地で朽ちてしまっても、自分の日本に対する魂は日本の未来にむけて留めておこう。)

 

元々彼は死を覚悟していたと思われます。そして結果的に当時僕と同年代であった弟子たちは日本を変えて行くのでした。今も日本は戦後に構築されてきたあらゆる既得権益を壊さなければいけない時期なので、20代として通ずるものがあるのでした。

 

実際の花見は友人との久々の再会などがあり花より団子と言った感じでしたが、桜やこういった句を見ていて春の訪れと自分の無力さに虚しさも感じるのでした。花より仕事!


RYOJI

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