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世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

ウラジオストクからハバロフスク


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こんにちは。昨日はブログを更新した後に仲間と飲みに行きました。自分も酔っていましたが、仲間がかなり酔っぱらっていました。今さら過ぎますが人間って、人間と音楽とお酒でこんなに飽きずに同じ遊びができるんだなっとフッと考えたりしました(笑)

 

僕は前職では飲み会に全く参加しないタイプでしたが、お酒を飲むこと自体は好きで飲むと決めた時はとことん飲みます。このブログ(世界の記述)的に、日本人特有の飲み会について語ることができますが、昨日は少し自分の雑感を書き過ぎてしまったので(笑)、今日は旅行に関する記事としてロシアはウラジオストクからハバロフスクまでの道のりについて書いていきたいと思います。

 

皆さんはウラジオストクハバロフスクという街をご存知でしょうか。日本に近いロシアの比較的に大きな街です。冷戦中は日本とあまり交易がなかったようですが、戦前には日本人が多く住んでいたそうです。これは日本の建物だよ~と教えてもらうこともありました。

 

ロシア革命の混乱時(ロシアがソ連に変わる時)には反革命派が極東のハバロフスクなどを支配し、革命派を阻止するために日本軍シベリア出兵をしてこれらの地域を支配しました。しかし、シベリアから日本軍が撤退すると、ソ連の支配下になります。また日本兵でシベリア抑留によりこの地で亡くなった方も多いです。このように歴史的に日本とも関係がある街です。

 

僕の推測ですがロシア革命時代にロシア帝国内だけでなくウクライナ旧ソ連の国々から多くの人が東へ移民してきたのではないかと思います。また、近い中国や韓国系の人も住んでいたりします。


ハバロフスクという街も、元々ハバロフという探検家(?)が訪れたことに由来します。ロシアはこの地の植民地化を試み、当時中国の清軍と争います。そして、北京条約によって清はこの地をロシアに譲ります。 

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アムール川の写真です。アムール川を越えると中国が見えます)

 

ウラジオストクを去る日に僕の旅を常にサポートしてくれた優しいロシアの仲間と共に駅周辺でご飯を食べていました。モスクワに比べるとウラジオストクの物価は高くはないです。

 

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ウラジオストク駅のホームのモニュメント。モスクワまでの距離が書かれていました。モスクワまで9288kmという意味でしょうか。

 

友人に見送られながら、シベリア鉄道を約12時間程乗ってハバロフスクに向かいます。2段ベッドが2つあるタイプの一般的な車両に乗りましたが、乗客は僕と韓国系ロシア人のみで快適でした。2段ベッドの上に上がるのはお年寄りには厳しい構造になっていましたね。

 

シベリア鉄道では降りる時にシーツや布団を畳んで返します。通路に充電できる所がチラホラあり、またお湯もあるので、カップラーメンを食べている人は多かったです。途中で泊まる駅では食べ物を売っている人もいます。


同じ部屋になった韓国系ロシア人の女性は、かつては南は日本領であった樺太サハリン)生まれで、韓国とは殆ど接点がなくアイデンティティ的にはロシア人という感覚のようでしたが、親が韓国人なので韓国語も英語もロシア語を話せる人でした。お互いの文化や言語を知っていれば、あまり仕事には困らなそうだなと外野からは思うのでした。

 

ロシアの観光ビザは各都市に滞在できる期間が限られているのですが、この時に僕は1つの街に何日いられるかよくわかっていないので、その女性に相談しました。しかし、人によっては5日、人によっては土日を含まずに7日など意見が分かれていました。しかもシベリア鉄道で移動する日数はどうカウントするのかも不明です。

 

それに加えて、泊まる所に滞在登録をしてもらう必要があるそうですが、僕がウラジオストクで泊まった所は滞在登録の仕方がわからないドメスティックな宿で、また友人の家にも泊まっていたので僕は登録できませんでした。(話はそれますがロシアのホステルは、ロシア人か旧ソ連系の国々の人がメインで面白いですね。日本人は全くいませんでした。)

 

このような理由から、同部屋のこの女性が「君はもうアウトだと思う」と脅してきます(笑)ハバロフスクも約束事がかなりあり長居する予定でいたので、このシベリア鉄道内でロシアから出国する際に尋問される覚悟を決めました。

 

しかし、ウクライナの情勢も悪かったのもあり、一番ゆるいイメージがあるフィンランドとの国境からヨーロッパに入ることにして、滞在登録に関しては何も言われずロシアは出国できました。別の尋問はありましたが(笑)

 

滞在登録は明文化されていないよくわからないルールですが、皆さんがロシアを横断される場合は、この滞在登録を各都市でしておいた方が良いと思います。或いは、いつどこにいたかの証になるものを念のために用意しておくとか。僕は最悪、シベリア鉄道の切符を見せようとしました。

 

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そんな不安がある中、明け方7時頃にハバロフスクに着き、友人が待ってくれました。感謝です。

 

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ハバロフスクの正面入り口です。

 

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ハバロフスクのシンボルでもあるスパソ・プレオブラジェンスキー聖堂です。

 

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待ち合わせにも便利なレーニン広場です。公衆Wifiも使えます。

 

サマータイムの時は日本より西にあるのに、ウラジオストクハバロフスクは日本よりも時差は2時間早くなっています。そのため、夏のヨーロッパと同じで日照時間が長くて羨ましいのでした。

 

RYOJI