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世界の記述

タイトルはマルコポーロより。旅行を主とした日本と世界に関するブログです。たまに政治・経済もあり。

サハラ砂漠で人間の本質は怠惰であると考えた

考え方 歴史

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こんにちは。社会的な影響もあって、日本は何か高みを目指していたり、成長意欲を持つ人がかなり多い、中々上昇志向の国だと他国と比較して思うことがあります。

 

しかし、怠惰なのは全人類の原則なのか、この勤勉と言われる国である日本でさえ怠惰な人間は変わらずに沢山います。僕も怠惰な人間だとは思っていますが、人間は基本的には怠惰であるとも言われています。

 

僕はベルベル人と呼ばれるモロッコの遊牧民の家にホームステイしたことがあり、そこは電気もお風呂もなく、周りにあるのは砂漠だけという環境でした。東京で育った僕としては、こんなに何にもない環境は久しぶりでした。

 

昼間は40度を超える暑さのために外出はせずに、皆でモンゴルのゲルのような遊牧民の家で昼寝をします。そして、ある程度家畜の世話を終えると、少し太陽も沈み涼しくなり、外で寝るという生活スタイルでした。

 

街に寄る時以外は、単に物々交換をするので、貨幣経済特有の忙しさもなく最低限の物で生きる生活でした。ある程度仕事を終えるとお母さんも、子どもも一緒になってグテ~となって横たわっているのです。それを見た時、欲があまり無ければこれが人間の一種の姿だなとも思いました。

 

例えば、開国当時の日本人は遅刻も多く、よくサボっていたという欧州からの使節による文献もあるそうです。今の秒刻みという時計の誕生は人を律する材料として影響は特に大きかったと思います。

 

しかし、逆に怠惰だからこそ、文明が栄えているいう面もあります。例えば飢餓に悩まされてきた人間は、楽して安定的に食糧を確保することに勤めて成功していきます。そして、産業革命をもたらし、生きられること以上の幸福を求める人達が増えました。もちろん仕事もその分増えていきます。

 

そこで日本では明治政府とホワイトカラーの人たちは、列強からの支配から逃れるため富国強兵、殖産興業などを謳い、国民を勤勉であるよう教育をします。生活が安定していくのがわかっているため、殆どの国民もその道を迷わず進んでいました。実際に僕は農作物を作る知識がないのに、生きることができています。

 

これからも文明が発達していくと、必要でなくなる仕事がまた増えていくかもしれません。人口知能を備えたロボット技術が進歩する時、今ある仕事の殆どが無くなっていくとも言います。それよりもシンギュラリティ(人間よりも知能が高くなる現象)が存在するかもしれません。

 

仕事がなくなると国家が国民からの税収がなくなって運営できなくなるのではと言われますが、ベーシックインカム導入についての議論の中でも言われることですが、どんな時代でもやる人はやるという原則があり、むしろ自分の時間を有効活用することで、新しい技術革新をより生むのではという意見もあります。

 

しかし、仕事がない人も生きていける社会になったら怠惰な人は明らかに増えるでしょう。そんなときに好きなことがある人は、やはり強いなと思います。

 

仕事がなくても怠惰にならない人は、人生に対する何かしらの情熱がある証です。そういうものが自分にもあるだろうか。っと考えるのでした。

 

しかし、日々の忙しさから、サハラ砂漠で一定の仕事をしつつ後は怠惰でいる生活も良いなと思いながらも、やはり東京で育ったなりの欲もあるため、本当に自分は何がしたいのか改めて考えさせられるのでした。

 

RYOJI

 

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